第8回目 de novo(新生)変異によって生じる脳機能障害の多様性
我々生物は、外界の変化に適応しながら自然淘汰と突然変異による新たな機能の獲得により進化の過程を辿ってきたと考えられています。
私たちの脳の病気には、外傷、腫瘍、脳梗塞や脳出血などの器質的変化を伴う病気や感染症による病気を除くと、何らかの遺伝子との関連性が分かってきています。私たちは両親から、その遺伝的な形質を受け継ぎます。自閉症、注意欠陥・多動性障害や知的障害などの発達障害や統合失調症はてんかんを合併することが多く、親からなりやすい体質を受け継ぐ家族性のものも知られていますが、孤発性であることが多く、数多くの遺伝子のde novo(新生)変異(両親は正常で子供に発症する)が報告されています。
近年、遺伝子変異解析技術の向上によって、病気に関連する遺伝子変異を低コスト・高効率で解析・同定することができるようになりました。世界中で大規模な患者さんの血液サンプルを解析し、数多くの疾患関連遺伝子が示唆されています。神経発達障害に関連する原因遺伝子としては、神経細胞のネットワークの形成や神経細胞同士の情報伝達に関連する遺伝子が同定されていますが、その中でトップにランキングされる遺伝子にSCN2Aというものがあります。
私たちの神経細胞には、細胞の外側と内側とで様々なイオンを透過させる管(穴)のようなものがあります。これらは、神経細胞が電気的に興奮し、神経細胞から別の神経細胞へと情報を伝えるのに働きます。その1つがナトリウムイオンを選択的に透過させるナトリウムチャネルと呼ばれるもので、脳内ではSCN1A、SCN2A、SCN3AおよびSCN8Aの四つの遺伝子からそれぞれNav1.1、Nav1.2、Nav1.3およびNav1.6というチャネルが作られます。
このSCN2Aのde novo遺伝子変異が最初に報告されたのは、6歳以後にも熱性けいれん発作を繰り返す熱性けいれんプラスという病名の年長児からでした。その後、新生児から乳児早期(3カ月以内)に発症する重症のてんかんである大田原症候群、生後3-11ヶ月に発症する重篤な脳障害を呈するWest症候群、幼児期から小児期に発症するレノックス・ガストー症候群と呼ばれる特徴的なてんかん発作と知的障害を伴う子供からも報告されました。最近では、自閉症や統合失調症の患者さんでもこの遺伝子の変異が見つかっています。
遺伝子変異には、元々の機能にはなかった新しい機能を獲得する機能獲得型(gain of function)変異と元来の機能を失う機能欠損型(loss of function)変異とがあります。
このように、新しく起こる遺伝子変異の部位と型とによって様々な脳機能障害を呈することが分かり、多様性が理解されるようになってきました。現在、多くの研究者がこれらの病気の理解と治療技術の開発のために、精力的に取り組んでいます。
文責 立川哲也
所属学会 日本神経科学学会他
所属機関 理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム