第15回目 “脳内の伝言ゲーム”
今日は脳の情報伝達に関するお話です。皆さんは物を見たり触ったりまたおいしいものを食べたりするとそれを感じることができますよね。どうしてだかわかりますか?それは神経細胞が脳へ情報を伝えるからです。ではどのように伝わるのでしょうか?
皆さんは小さいころに伝言ゲームで遊んだことはありますか?一人一人が縦に並んで覚えた文章を伝えていきます。神経細胞も同様に受け取った情報を次の神経細胞に伝えます。これを繰り返して脳で情報が処理されます。このようにして、皆さんが普段色々な事や物を感じることができるんです。伝言ゲームで伝えるのに失敗したらどうなりますか?後の方の人は全然違う文章を受け取ってしまいますよね。神経細胞でも途中で情報伝達に失敗すると大変です。じゃあ、正確な神経細胞同士の情報伝達はどのように起こるのですか?というのが今日のお話です。神経細胞同士が情報をやり取りするシナプスという1マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)ほどの小さな場所が今日の舞台になります。
シナプスには僅かなすき間(シナプス間隙)を挟んで情報を送る側(シナプス前膜)と情報を受け取る側(シナプス後膜)があります。シナプス前膜から放出された化学物質(神経伝達物質)はシナプス後膜で受け取られ情報を伝えます。では神経伝達物質はどのように放出されるのでしょうか?シナプス前膜には神経伝達物質を詰め込んだ小さな袋(シナプス小胞)が沢山あります。このシナプス小胞から情報伝達の際にシナプス間隙に神経伝達物質が放出されるわけです。この神経伝達物質の放出量・パターンが伝言ゲームで伝える文章にあたります。この小胞からの放出量・パターンがどのようにコントロールされているのかについては、実はいまだによくわからないことが沢山あります。その中で最近わかってきたことを紹介したいと思います。
50年以上前にベルンハルト・カッツ博士(1970年ノーベル生理学・医学賞受賞)らは、シナプス前膜にシナプス小胞から神経伝達物質が放出される場所(放出サイト)があって、そこにやって来た小胞から刺激に応じて放出されるという仮説を提唱しました。それから50年以上経った最近ようやくこの放出サイトの実体がわかってきたんです。この放出サイトはおよそ数十ナノメートル四方(ナノメートルはミリメートルの100万分の1)に集積したタンパク質集合体(神経伝達物質放出に関わる部品の集合体)でできているようなんです。そして次の小胞達はどうやらその放出サイト近くで放出サイトが空くのを待っているようです。だから次から次へと様々なパターンで神経伝達物質を放出できるのです。ナノメートルという小さな場所にこのような巧妙な仕組みがあるなんて驚きですよね。
今回は、脳神経伝達の仕組みについてのお話でした。脳での情報伝達はAIの技術などに応用されていたりします。脳機能の根幹をなす神経伝達の研究ですが、まだまだ分からないことだらけです。これから研究が進めば皆さんが学校で教わる教科書の内容も変わっていくかもしれませんね。
文責: 三木 崇史
所属学会: 日本神経科学会 日本生理学会
所属機関: 同志社大学脳科学研究科 シナプス分子機能部門