第17回目 見えてないのにわかっちゃう?
私たちは、見たものや聞いたことを理解して適切な行動をしている、と思っています。友達に、「見えてないのにそこに何があるかわかる」なんて言われたら、手品か超能力の話かと思いますよね。しかし実はこれ、私たちみんなができることなんです。今回はそんな無意識下の能力について紹介します。
私たちがものを見るときには、目の網膜から光情報が入って、それが一次視覚野と呼ばれる脳の一番後ろの部分に情報が伝わります。「見えた」と感じるためには、一次視覚野で情報が処理される必要があります。この部分に障害を負ってしまった患者さんは、ものが見えなくなったと主張しますが、同時に驚くべき行動がみられます。本人は「見えていない」と感じているにも関わらず、飛んできたボールを避けることができたり、光った場所を指差したりできるのです。この現象は、意識的な知覚が生じていなくても、私たちが視覚刺激に反応して行動できることを示しています。この現象は盲視と呼ばれ、網膜からの信号が一次視覚野を経由せずに他の大脳皮質に送られることで起こると考えられています。
この様に「見えていない」ものに反応できる現象は、脳の障害によってのみ生じるものではなく、健常者でも報告されています。これは20世紀後半から、視覚マスキングという現象を用いて研究されてきました。例えば、単独で提示されたら読める文字でも、同時または直前/直後のタイミングで同じ場所に別の強い視覚刺激が提示されると、その文字が見えなくなってしまいます。つまり、文字は網膜に入っているにも関わらず、それが強い刺激でマスクされることで、意識にのぼらなくなるのです。しかし、「見えていない」にも関わらず、書いてあった文字に近い意味の文字のカードを選んで下さいとお願いすると、高い確率で正解を選ぶことができます。これは文字に限ったことではなく、人の顔が提示された場合にはその表情を読み取ったり、矢印が提示された場合にはそれが指す方向がわかったりします。また、このような現象は視覚だけでなく、聴覚刺激でも起こります。このように私たちは意識的には感じていないことからいくつもの情報を得ることができ、それに基づいて反応や判断を行うことができるのです。
盲視や視覚マスキングは特殊な状況ですが、日常生活でもその脳回路は働いていると考えられます。ほかの動物のことを考えてみると、私たちと同じような意識は持っていないと思われるカエルや魚などでも、様々な視覚刺激に対して適した行動ができています。もしかしたら意識を介さない反応や判断は人間以外の動物では一般的で、これには私たちの脳に古くからある神経回路が使われているのかもしれません。実際に、進化的に古くからある上丘と呼ばれる脳部位が盲視に関係していることがわかっています。ボーっとしながらも適切な行動ができるというのは、私たちが太古の昔に獲得した能力なのかもしれませんね。
文責: 國松 淳
所属学会: 日本神経科学学会 日本生理学会
所属機関: 筑波大学医学医療系/トランスボーダー医学研究センター