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第33回 認知リハビリテーション

 精神疾患というと、皆さんはどんな症状を思い浮かべるでしょうか。うつ、不安、不眠、あるいは幻覚や妄想でしょうか。それぞれ重要な症状ですが、患者さんの日常生活や仕事など、社会機能といわれる機能と関連の強い症状として、認知機能障害が挙げられます。“認知”、というと認知症?と思われる方も多くいらっしゃるとは思いますが、認知機能が低下する疾患は認知症に限りません。精神疾患全般に、記憶ばかりでなく、注意力や思考力など幅広い領域にわたって、認知機能障害が現れます。その克服は、治療における大きな課題となっています。精神疾患をもつ方の大部分が社会生活における困難に直面しており、その大きな要因が認知機能障害だからです。

 米国では、NIMH(National Institute of Mental Health)主導によるMATRICS(Measurement and Treatment Research to Improve Cognition in Schizophrenia)プロジェクトが立ち上がり、認知機能改善薬の開発に取り組んでいます。産学官が一体となって、巨額の予算をつぎ込んで進められていますが、残念ながら承認に至った薬はありません。一方、認知機能の各領域に焦点を当てたコンピュータゲームを用いた認知リハビリテーションが有意な改善効果を示すことが明らかにされています。ただ、ゲームをすればいいというものではなく、トレーニングへの動機付けを高めるためのグループセッションと組み合わせることが重要とされています。

 認知リハビリテーションは、従来のリハビリテーション等の心理社会的アプローチが生活能力の向上や社会的不利や困難を軽減することに焦点が当てられていたのに対して、認知リハビリテーションは、生活能力を支える脳の機能・形態異常をターゲットとしている点が最大の特徴です。そのため、従来のリハビリテーションと併用することで、社会機能に対する有効性が高まることが示されています。

 さて、認知リハビリテーションは、本当に脳機能や構造に変化をもたらすのでしょうか。2000年、ウェクスラーらが認知リハビリテーションを15週間実施した患者さんの左外側眼窩回、左下前頭回の機能が賦活されることをfMRIで示して以来、同様の報告が続き、2010年には、認知リハビリテーションを2年間受けた患者さんでは、通常治療を受けた患者さんと比べて、左海馬傍回,紡錘状回で脳の萎縮が小さく,左扁桃体では体積が増えたことが見出されています。ただ大きくなっただけでなく、その変化は認知機能の改善と関連していることも示されています。

 今後は、適切な薬物療法や脳刺激療法と組み合わせることで、認知機能、社会機能の強化を通じて、患者さんの真のリカバリーまでつなげていくことが大事です。

文責: 中込 和幸
所属: 国立精神・神経医療研究センター
所属学会: 日本神経精神薬理学会