

第36回 脳内の老廃物排除の仕組み:グリンパティックシステム
脳は日々膨大な情報を処理しており、その代謝に伴って老廃物も蓄積されます。こうした老廃物を取り除けないと、脳の健康が損なわれ、機能が低下することになります。この老廃物除去の仕組みを担う仕組みとして注目されているのが「グリンパティックシステム(Glymphatic System)」です。Glymphaticは「グリア細胞(脳のサポート細胞)」の「G」と「リンパ系(lymphatic system)」を組み合わせた造語で、脳にリンパ系に似た役割があるという仮説から名付けられました。2012年にIliff氏とNedergaard氏が提唱して以来、脳内での老廃物排除の重要な役割として注目されています。グリンパティックシステム仮説では、脳脊髄液が動脈周囲のスペースから脳実質に流入し、グリア細胞の水チャンネルから脳内の間質(隙間)に広がり、脳内の不要な物質を洗い流し、静脈周囲のスペースを通って脳外に排出されると考えられています。この過程では、アストロサイトというグリア細胞の一種に存在する「アクアポリン4(AQP4)」という水チャンネルが重要な役割を担っています。特に睡眠時にこの機構が活発になることがわかっており、睡眠が脳の健康維持に欠かせないとされる理由の一つです。加齢による影響も大きく、年齢とともにグリンパティックシステムの働きが低下することが知られています。特に高齢者では、脳内の老廃物除去が減少し、アルツハイマー病などの神経変性疾患リスクが増加する傾向が見られます。そのためにも、老廃物の排除には質の良い睡眠が必要と考えられます。
アルツハイマー病では、脳内にアミロイドβというタンパク質が異常に蓄積し、神経細胞を損傷させることで認知機能が低下します。このアミロイドβの蓄積は、グリンパティックシステムの機能不全と深い関連があると考えられています。通常であれば、睡眠中にグリンパティックシステムが活発となってアミロイドβを洗い流しますが、その機能が低下すると、これが排除されずに蓄積されてしまいます。その結果、神経細胞の障害、認知機能の低下につながると考えられます。また、パーキンソン病では、α-シヌクレインと呼ばれる異常タンパク質が神経細胞内に蓄積し、運動機能等の障害を引き起こしますが、この異常タンパク質の蓄積も、グリンパティックシステムの働きが低下することで促進されると考えられています。
最近では、MRIなどの非侵襲的な手法を用いて、グリンパティックシステムの活動を可視化し、老廃物除去機能の低下がどのように脳の疾患リスクに関わるかを調査する研究が進んでいます。従来、脳内の老廃物の流れを直接観察するには侵襲的な手法が必要で、実験は主に動物を対象に行われていました。しかし、近年では人間でも簡便に測定できる非侵襲的な技術が登場し、これによってアルツハイマー病やパーキンソン病、さらには脳卒中など多様な疾患のリスク評価にグリンパティックシステムの機能がどのように影響するかが解明されつつあります。
文責: 田岡俊昭
所属機関: 名古屋大学 革新的生体可視化技術開発産学協同研究講座
所属学会: 日本神経放射線学会・日本磁気共鳴医学会