第6回目 赤ちゃんの言葉の発達とともに変わる親の脳活動
私たち大人が、赤ちゃんに話しかけるとき、意識しなくても、声が高くなり、抑揚やリズムに強弱をつけた大げさな口調になります。これは世界共通で、日本語では「おてて」「わんわん」といった育児語も多く使われます。この独特の話し方がマザリーズ(母親語、対乳児発話)です。赤ちゃんはマザリーズを好んで聞くため、マザリーズによる言葉の獲得や情動の発達への影響に注目した研究が続けられています。その研究のほとんどはマザリーズを聞く側の赤ちゃんに関するものです。
ではマザリーズを話す大人の側はどうでしょうか?実は大人の脳も赤ちゃんの言葉の発達とともに変化します。これは、fMRI(機能的核磁気共鳴画像法)という脳の活動を調べる方法でわかります。親になった経験のない女性グループ、まだ言葉を話さない前言語期乳児の母親グループ、「ママ、抱っこ」のように二つの単語をつなげて話す二語文期幼児の母親グループ、そして小学1年生児童の母親グループを調べるとします。各グループの方々にマザリーズを聞いてもらい、脳活動をしらべます。マザリーズを聞くと、マザリーズを話すときと同様の脳活動が観測できるのです。すると、全グループの中で脳活動が最も高くなるのは前言語期乳児の母親です。特に言葉をつかさどる「言語野」という部位が高い活動を示すことがわかります。次に高い脳活動を示すのは二語文期幼児の母親で、小学生の母親はまったく反応しません。この結果から、母親の脳活動は子どもの成長とともに変化していくことが分かります。まだ言葉を話せない前言語期乳児にもかかわらず、その母親の言語野が活動するということは、単なる気持ちの高揚でマザリーズを話しているのではなく、乳児に何とか言葉を伝えようという意図があることを示しています。
面白いことに、前言語期乳児の母親は高い脳活動を示したのに、同じ乳児を持つ父親では脳活動が見られません。ただ、この研究に参加した母親は全員専業主婦だったため、母親と父親の脳活動の違いは、育児時間の長さの違いを反映しているのかもしれません。また、親になった経験のない男女でも脳活動は見られませんでした。
このように、私たち大人は赤ちゃんの振る舞い・行動に合わせ、そして言葉のやりとりを通して、赤ちゃんの親として一緒に成長していくのでしょうね。
文責:松田佳尚
所属学会:日本赤ちゃん学会、他
所属機関:同志社大学 赤ちゃん学研究センター