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第7回目 脳はプラスチック!? 〜記憶は伸びたり縮んだり〜

「あの人は頭が固いからねえ」

頑固でなかなか自分の主張を曲げない人に対して使われる言葉ですが,いえいえ,実は脳はプラスチックなんですよ。なんだやっぱり固いんじゃんと思ったアナタ。ええ!?どういうこと!?と思ったアナタ。ぜひもう少し読み進めてみてください。

私たちは日常において様々なことを学習し,記憶しています。この記憶が脳の中でどのように形成され,貯蔵され,引き出されるのか,非常に興味深い問題であり,多くの研究者がその解明に挑んでいるのですが,ほとんどのメカニズムは未だ謎のままです。しかし細胞やそれよりもごくごく小さいミクロの世界のレベルでは,少しずつではありますが,脳が記憶をする際にどのようなことが起こっているか明らかになってきました。

脳には1千億を超えるとも言われる神経細胞(ニューロン)が,それぞれに1マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)ほどの大きさの「シナプス」と呼ばれる結合を形成して,情報のやり取りを行なっています。このシナプスはシナプス前ニューロンと呼ばれる情報を送る側のニューロンの軸索終末と,シナプス後ニューロンと呼ばれる情報を受ける側のニューロンの樹状突起の間で作られます。シナプスを形成している樹状突起側に特別にできる構造をスパイン(棘)と言うのですが,このスパイン(棘)が記憶形成時に伸びたり縮んだりすることがわかってきました。

脳の活動に応答してスパインが変化することを「可塑性(plasticity)」と呼びます。プラスチック(plastic:可塑)ですね。ちなみに日本語におけるプラスチックは合成樹脂製品とほぼ同じ意味になっており,“固く変化しない”という印象を受けるかもしれませんが,本来は“変化できてその形を維持できる”性質のことを指します。冒頭で「脳はプラスチック」と述べた真意はここにあります。脳は変化できて,その状態を維持できることにより,記憶を蓄積することを可能にしているのです。ちょっと脱線してしまいました。では話を元に戻しましょう。

記憶を形成する際にはニューロン間のシナプスに「いつもより高い活動」や「いつもより低い活動」※注が起こります。この時「いつもより高い活動」が起こったシナプスのニューロン間において,既存のスパインが大きくなったり,新しいスパインがニョキニョキと伸びてくることがわかりました。逆に「いつもより低い活動」が起こったシナプスのニューロン間ではスパインがシュルシュルと縮んでいき,なくなってしまうこともわかりました。つまり,記憶形成時に高い活動を必要とした場所では,その高い活動を維持するためにスパインを大きくしたり,新しいスパインを伸ばしたりして広く多くのシナプスを形成し,それほど活動が必要でない場所ではスパインを縮ませてシナプスを消失させ,活動を下げているのだと考えられています。

このようなスパイン新生・縮退が実際の記憶にどのように関わっているのかについては今後の研究を待つ必要がありますが,私たちの脳の中ではこのようなスパインのニョキニョキ,シュルシュルが日々起こっているのです。ぜひ,脳はプラスチックに生活したいものですね。

※注「ニューロン間のいつもより高い活動・低い活動」:ニューロンは情報を「電気的活動の頻度」に置き換えて送信します。いつもより高い活動とはつまり,いつもより高頻度の電気活動,いつもより低い活動はいつもより低頻度の電気活動,と言い換えることができます。

文責:篠田 陽
所属学会: 日本生理学会,他
所属機関: 東京薬科大学薬学部 公衆衛生学