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第11回目 自閉症とセロトニン

第11回脳科学豆知識

相手の気持ちが理解できないとつらいですよね。コミュニケーションがうまく取れないときって結構たくさんあると思います。でも多くの人よりももっと苦労しているのが、自閉スペクトラム症(以下、自閉症とまとめます)と診断されている人たちです。

自閉症は社会性コミュニケーションの障害や特定のものごとに偏った強いこだわりを示す発達障害です。脳発達のプロセスに異常が生じることが起因となると考えられていますが、その原因はいまだ解明されていません。ゲノムに生じる遺伝的な変異や胎児期の脳の炎症などがそのリスク因子として考えられています。驚くべきことに最新のアメリカの報告では子どもの59人に1人が自閉症と診断されています。日本でもその数は大きく増加しています。

脳のなかを検査する脳機能イメージング研究から、一部の自閉症の人たちにセロトニンをつくったり、シナプスから出されたセロトニンを細胞に取り込む機能の異常が見つかってきました。セロトニンは神経伝達物質のひとつで、その役割は脳の発達から睡眠リズムや情動の調節など多岐にわたります。セロトニンが作用すると神経細胞は活性化したり、逆に抑制化して脳の機能が調節されます。そして自閉症のモデルマウス研究から、発達期のセロトニンが自閉症の社会性コミュニケーション障害に関わることが明らかとなってきました。

「自閉症のモデルマウス」?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。マウスとヒトのゲノム情報は似ているので、自閉症で見つかっているゲノム変異を再現したモデルマウスを作製することができます。マウスもヒトも生物学的な脳発達のしくみは共通していると考えられます。自閉症の脳内で起こっている異常を解明するため、研究者たちはこのようなモデル生物を利用しています。

モデルマウスの脳では生後まもない発達期の時点からセロトニンが減少しており、感覚入力を受け取る脳領域の機能が低下しています。そして仲間のマウスに対してアプローチするような社会性行動を積極的にとりません。そこで、発達期の仔マウスに脳のセロトニン量を高める薬を投与すると、成熟後の社会性行動が改善することがわかりました。さらに、発達期のセロトニンを回復させることで、感覚入力を受け取る脳領域の機能も改善していました。つまりセロトニンの減少が脳発達のプロセス異常の原因となっており、成熟後の行動にも影響を与えることがモデルマウス研究からわかってきました。

このように発達期のセロトニンが大事であることはわかってきましたが、注意しなければならないこともあります。それは、自閉症はひとつの同じ原因で生じるわけではないことです。セロトニンの異常は一部の自閉症の人たちで見つかっていますが、全員に当てはまるわけではありません。ほかにも多くの要因が自閉症の発症に関与しており、自閉症の解明をむずかしくしています。そして、現在のセロトニン量を高める薬剤は抗うつ薬に多く、それらを子どもの頃に摂取すると副作用のリスクが心配されます。そのため、モデル生物を使った基礎研究が進むことで、副作用のリスクがない新しい自閉症の治療法に発展していくことが望まれます。自閉症などの発達障害で社会的なコミュニケーションに苦労している人たちは多いので、脳科学の知見が少しでも役に立つことができれば幸いです。

文責:中井 信裕
所属学会:日本神経科学学会
所属機関:国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター
精神生物学研究チーム