第19回目 脳には窓がある?
脳は固い頭蓋骨に守られた神秘の場所・・そんなイメージはありませんか?
頑強な脊椎に守られた脊髄も脳の仲間ですが、心身を司る脳や脊髄は身体の中で堅牢に守られており、簡単に中を窺い知ることはできません。でも実は、脳を知るための「窓」となる場所があるのです。
それは目の奥にある、網膜という場所です。網膜は発生学的、解剖学的に脳の仲間に属しており、ものを「見る」ために大事な部位です。光を感知する細胞と、情報を脳へ出力する細胞、それを介在する細胞が薄いシート状の構造を形成しています。網膜は脳が成長する過程で飛び出た脳の一部であり、脳と共通する幾つかの特徴を持ちます。たとえば、脳の血管は身体の多くの血管とは異なり、血液脳関門というしくみによって物質の移動が厳しく管理されていますが、網膜血管も同じように血液網膜関門を備えています。一方で、固い骨に囲まれた脳と異なり、網膜は眼球後部にあるため眼底検査により容易に観察可能であり、アクセスしやすい特徴をもっています。網膜は丸ごとの解析やイメージングが容易なことから、脳の機能を知るための研究、たとえば神経が変性する際の応答や、神経再生を促進する方法の研究などに用いられています。
網膜は身体の健康状態を知るバロメーターとしても、重要な特徴を持っています。身体の中で唯一生きた血管を直視できるのが網膜であり、網膜血管を観察することで、高血圧や糖尿病などの血管の病気を発見することができます。また、網膜は神経を通じて脳へと繋がっています。この網膜や脳への神経が、脳内の病気のために圧迫されたり血の流れが悪くなったりすると、ものの見え方がかわったり、網膜の構造が変化したります。このように、目の機能から脳腫瘍や脳梗塞など、脳の病気が判明することがあります。さらに近年の研究では、認知症など神経変性疾患において網膜病変が発現することについても報告がなされています。
このように、視覚に必須の網膜は、脳機能のしくみや病気の状態を調べる上でも重要な役割をもっています。ことわざで「目は心の窓」といいますが、心が表れる目の奥には、脳ののぞき窓があると思うと不思議な感慨を覚えますね。再生医療分野で期待が高まるiPS細胞研究においても、臨床手術へ最も早く応用されたのが網膜の病気でした。網膜に関する研究が今後ますます発展することで、視覚機能に加えて、脳機能を構成するしくみや病気の理解が一層進むことが期待されます。
文責: 宝田 美佳
所属学会: 日本神経化学会、日本解剖学会、日本薬理学会、日本神経科学学会
所属機関: 金沢大学医薬保健研究域医学系