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第20回目 跳躍伝導

脳科学豆知識 第20回 「跳躍伝導」
2009年、マッコウクジラが巨大なダイオウイカをくわえている姿が確認されました。マッコウクジラの胃内容物や体表に残る吸盤の傷跡などから、両者の格闘がロマンチックに語られたりしましたが、マッコウクジラは捕食時に急発進・急旋回する俊敏さをもっていることがわかり、現在では鈍いダイオウイカは一方的に捕食されると考えられています。マッコウクジラは体長15-20メートル、ダイオウイカは体長6-10メートルにも達するいずれも巨大な生き物ですが、マッコウクジラはどうして急発進・急旋回が可能なのでしょうか。

神経細胞は軸索という紐のような構造物を用いて情報を伝達しますが、軸索が太ければ太いほどその伝導速度は速くなります。ほとんどの無脊椎動物は軸索を太くすることで外界への反応速度を高め、捕食や逃避を可能にしてきたと考えられていますが、ダイオウイカのような巨大な無脊椎動物では軸索径の拡大だけではとても追いつかず、どうしても動作が鈍くなってしまいます。一方、脊椎動物では軸索径拡大による伝導速度の上昇は諦め、跳躍伝導という奇跡のような能力を獲得することで体の大型化に適応しました。跳躍伝導とは、髄鞘という絶縁体が軸索に何重にも巻きつき軸索を電気的な絶縁状態とし、髄鞘間のくびれ(ランビエ絞輪)から隣のくびれに跳躍して電気信号を伝える様子から名づけられました。中枢神経系ではオリゴデンドロサイトという脳細胞が、末梢神経系ではシュワン細胞がこの髄鞘を形成します。この髄鞘が巻きついた有髄線維は髄鞘がない無髄線維と比較して伝導速度が飛躍的に速くなります。例えば、ヒトの骨格筋運動線維(有髄線維)は直径15 μm程度しかありませんが、伝導速度は100 m/sにも及びます。一方、イカの巨大軸索は直径500 μm以上もありますが、伝導速度は35 m/s程度しかありません。有髄、無髄だけでマッコウクジラvsダイオウイカの勝敗を説明できるわけではありませんが、理論上はマッコウクジラが有利となります。

近年は、高次脳機能における髄鞘の役割が盛んに研究されています。髄鞘は軸索伝導速度を飛躍的に高めるので髄鞘形成不全が脳のシステム不均衡を生むことは容易に想像できますが、実証されていませんでした。まだ動物モデル研究の段階ですが、巧緻運動機能や記憶の獲得に髄鞘形成が必要であることがわかってきました。

文責: 牧之段 学
所属学会: 日本精神神経学会、日本生物学的精神医学会、日本神経科学学会、日本神経化学会、日本神経精神薬理学会
所属機関: 奈良県立医科大学 精神医学講座