第30回 睡眠に関する神経科学研究
みなさん、毎日よく眠れていますか?
無理に睡眠時間を削ると、認知機能の低下や身体の調子が悪くなることを、多くの人は経験したことがあると思います。しかし、睡眠が不足すると、なぜこのようなことが起きるのでしょうか?また、睡眠という行動が、どのようにして引き起こされているのでしょうか?今回は、最も身近な存在にも関わらず、多くの謎がある睡眠についてご紹介します。
睡眠は、脳内の神経活動の働きによって生み出されています。特に、脳幹・視床下部にあるモノアミン系ニューロン(ドーパミンやノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミンを産生する神経細胞)の神経活動が、睡眠・覚醒状態に強い影響を与えることが分かっています。多くのモノアミン系ニューロンの神経活動は、覚醒時には活動が高く、ノンレム睡眠時には緩やかになり、レム睡眠時には停止するという類似した神経活動を呈します。神経細胞の活動パターンは、睡眠・覚醒状態における細胞内イオン濃度の変動によって変化すると考えられています。本コラムの「第18回目 光で脳を操作する」で紹介された技術の登場により、神経活動を自由自在に操作することが可能となり、睡眠・覚醒状態の制御に関わっている神経回路が多く見つかりました。光で特定のニューロンを操作すると、眠っているマウスを起こしたり、起きているマウスを眠らせたりすることができます。さらに最近では、特定のニューロンの神経活動や、神経伝達物質の放出を高い時間分解能にて、リアルタイムに観察することが可能になりました。この技術を用いることにより、生理的条件下にて睡眠中や覚醒中に、どのようなことが脳の中で起きているのかを科学的に知ることができます。そして、観察された神経活動を光操作にて模倣し、神経終末から特定の神経伝達物質が放出されると、睡眠状態や覚醒状態にどのような影響を及ぼすのかを調べることができます。このようにして、睡眠・覚醒状態に関わっている神経回路や神経伝達物質を一つずつ見つけていくことで、睡眠・覚醒の制御メカニズムが明らかになっていきます。
最新の神経科学的ツールが導入されたことで、多くの睡眠・覚醒状態を制御している神経回路が見つかっています。しかしながら、睡眠の制御機構や生理的意義については多くのことが未解明のままです。今後の更なる研究の発展によって、これらのことが科学的に明らかになり、睡眠障害の理解や治療法の確立に役立つことが期待されています。
文責: 長谷川 恵美
所属学会: 日本神経科学学会、日本睡眠学会
所属機関: 京都大学大学院薬学研究科