第5回目 継続は力なり!〜努力の積み重ねは脳に蓄積される〜
超一流の技術や知識を持った人は、スポーツ、芸術、科学、仕事など様々な分野に存在し、エキスパートや専門家などと呼ばれています。エキスパートの優れた能力にはどのような特徴があり、またエキスパートになるにはどうすれば良いでしょうか。
オランダの心理学者であるデ・フロートは、チェスの世界的プレーヤーであるグランドマスターとアマチュア上級者にチェスの局面を提示し、指し手を決めるまでの思考過程を比較しました。グランドマスターはアマチュアより良い手を案出することができましたが、驚いたことに分析した局面の数には違いはありませんでした。グランドマスターとアマチュアの違いは直観の精度にあり、グランドマスターは良い手の候補を直観的に絞り込むことで、局面を効率良く分析していました。
直観的な判断を行う能力は生まれつきの素質ではなく、トレーニングによって身につけたチェスの戦術に関する知識に基づいています。アメリカの心理学者であるアンダース・エリクソンの研究によると、エキスパートになるためには長年にわたる熟考したトレーニングが必要です。熟考したトレーニングというのは、目的達成のために自分で考えながら集中して行うトレーニングであり、チェスに限らず様々な分野においてエキスパートは一日三時間程度の熟考したトレーニングを十年以上毎日続けています。
熟考したトレーニングを続けて技術と知識を身につけるにつれて、脳の構造が変化します。イギリスの神経科学者であるイレーナ・マグアイアーは、トレーニングが脳に与える影響を調べるために、ロンドンのタクシー運転手を目指す人が運転手になるためのトレーニングを開始した時点と運転手になった時点での脳の構造を比較しました。ロンドンでタクシー運転手になるには、ロンドン全域の道路や建物に関する試験に合格する必要がありますが、これは世界一難しいと言われるほどの難関です。その結果、運転手の免許取得時には、空間把握や空間的な位置の記憶にかかわっている海馬の一部が大きくなっていました。
「継続は力なり」「努力は人を裏切らない」「Practice makes perfect」など、努力やトレーニングを続けることの大切さを説く言葉が数多くありますが、その言葉通りに努力やトレーニングの成果はしっかりと脳に蓄積されます。
文責:中谷裕教
所属学会:日本神経科学会、他
所属機関:東京大学 大学院総合文化研究科 進化認知科学研究センター