特別寄稿 NPO法人「脳の世紀推進会議」の紹介と入会のお願い
アドボカシーというカタカナ語はご存知でしょうか?アウトリーチというカタカナ語は公的研究費をもらう際に研究の意義を社会に周知するための講演会などを課される場合があり、良くご存知と思います。アウトリーチはこのように一般社会に向けて科学研究の意義や成果を知らせることを主な目的としています。例えば、日本学術振興会(JSPS)の科研費ハンドブックには「科研費は、国民から徴収された税金等でまかなわれるものであり、研究者は、その実績や成果を社会・国民にできるだけ分かりやすく説明することが求められています。」(同ハンドブック22頁)とあり、また日本学術振興会特別研究員にもアウトリーチ活動が奨励されています(日本学術振興会特別研究員遵守事項および諸手続きの手引3頁)。
一方、アドボカシーは科学技術政策の立案や作成に関与する行政官、政治家やマスメディアなどを対象として、科学研究の重要性を認知していただくことを主な目的としています。最近、日本でアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science, AAAS)に範を取り日本科学振興協会(仮称、Japanese Association for the Advancement of Science, JAAS)を立ち上げることが提案されました。AAASは広範な活動を展開していますが、アウトリーチやアドボカシーもその活動の重要な部分のようです。ただ、AAASや上述のJASS(仮称)も科学全般をカバーしていて脳科学に特化しているわけではありません。脳科学は、ご存知のように基礎科学、臨床科学、或いは心理学から工学まで広い分野をカバーする学際的な研究分野ですので、後述のように特にアドボカシー活動が必要とされています。
ボトムアップとトップダウン研究費
ご存知のように公的な研究費には研究者の自由な発想に基づいて申請或いは提案できるボトムアップ型と何らかのテーマや分野が指定されて公募されるトップダウン型の研究費があります。ボトムアップ型研究費の代表例は日本学術振興会が主に担当している科学研究費補助金(科研費)です。科研費は科学の全ての分野をカバーすると謳っていますが、採択数は分野によってかなり異なります。ただ、科研費採択の原則の一つは各研究分野で採択率をほぼ一定にするということのようですので、申請数の多い分野の採択が多くなるという極めて単純な原則で運営されているようです。例えば、脳科学の採択数を多くするためには申請数を多くすれば良いということになります。一方、科学技術振興機構(JST)や日本医療研究開発機構(AMED)からの研究費公募は分野や場合によっては目的が指定されていて大型の研究費は欲しいが応募できないとほぞを嚙むことがあります。何故、その特定の分野に限られたのか疑問に思った方が多いのではと思います。
トップダウン型研究テーマの設定は他の研究分野と競合
トップダウン研究費の分野やテーマ設定はもちろん文科省のような役所がトップダウンで上意下達で決めている訳ではないようです。役所にある種々の委員会の意見や時代の社会的要請をもとに戦略的重点研究分野が決められそれをもとにJSTやAMEDでしかるべき委員会や研究者からの意見聴取を経て決められているようです。問題はこの過程で分野間の激しい競争があるという現実です。例えば、現在のコロナ禍の時代ではウィルス感染症関係の研究は優先順位が高いことになります。「はやぶさプロジェクト」のように巷でも有名な宇宙開発研究分野も優先度が高くなるのかもしれません。かっての「選択と集中」という掛け声は現在力を失っていると思いますが、すべての分野に予算をつけることができないことは明白で分野間の競合と選抜が必須ということになります。この研究分野間の競争を勝ち抜いて脳研究に大きなプロジェクトをもってくるにはアドボカシー活動が極めて重要ということになります。
優れた若手の獲得も他の分野と競合
研究分野間の競合はトップダウンの大型研究費の取り合いに限った話ではありません。例えば、将来その研究分野で活躍するような有望な高校生や大学生を如何に引き込むかといった若手人材の取り合いがあります。ご存知のように、いかに優秀な高校生を引きこむかに関しては大学間にも競争があります。そのため大学によっては出前授業などを行っているところもあると聞いています。この若手を早い時期から引き付ける重要性は国際的にも認知され、脳研究分野では高校生などの若者を主な対象として公開講演会、病院や研究所の公開、体験学習などの行事を展開する「脳週間」が1992年に 米国で開始されました。それに呼応して、1997 年から欧州においても「脳週間」が実施され、2000 年からは、国際脳研究機構やユネスコの後援を受け、アジア、南米、アフリカの各国にも呼びかけ「世界脳週間」と銘打って世界的な行事になりました。我が国もこの「世界脳週間」の意義に賛同し、「脳の世紀推進会議」が主体となり、高校生を主な対象として 2000 年より参画しています。
また、これもご存知かと思いますが、文科省がJSTを通じて支援を行っている国際科学オリンピックと称する行事があります。この科学オリンピックは優秀な高校生を科学に引き付けることを主な目的として開催されています。現在、文科省が公式に財政支援しているものには、数学オリンピック、物理学オリンピック、生物学オリンピック等々がありますが、脳科学に関しては、残念ながら文科省から公式に財政支援は受けていません(2019年より文科省後援という名目的支援は受けていますが)。一方、1999年に米国で始まった脳科学に関するクイズ大会“ブレインビー”を母体とした活動が欧州諸国を巻き込んで国際ブレインビーとして発展してきました。日本でも数年前よりこの国際ブレインビーを脳科学オリンピックと呼び変えて、日本神経科学学会ブレインビー委員会が実務を担い、日本脳科学関連学会連合が主催、脳の世紀推進会議が共催という形で、優秀な高校生を日本代表として世界大会に送り出すという活動を推進してきました。研究室を運営しているPIの方には自明のことかも知れませんが優秀な院生やポスドクの獲得は極めて重要で、そのためには高校生の時から脳科学に興味を持たせる必要があります。
脳科学に特化したアドボカシー活動の重要性と「脳の世紀推進会議」の役割
我が国の脳科学研究のさらなる発展のためには、具体的には大型研究費の獲得や優秀な若手人材を脳科学研究に引き付けるためには、上述のように脳科学に特化したアウトリーチやアドボカシー活動は極めて重要です。ただ、個々の現役研究者にこのような活動を強いることは研究の妨げになるかも知れません。このような活動は現役研究者とその周囲にいる事務的業務をサポートする人達を加えた組織が担う方が良いと思われます。このような認識のもとに、「脳の世紀推進会議」は、1993年に脳研究関連の文部省(当時)重点領域研究の代表者が集まり、任意団体「脳の世紀推進会議」としてスタートしました。2003年には特定非営利活動法人(NPO)となり、現在まで、脳の世紀シンポジウムの開催、全国各地での世界脳週間講演会の開催、脳科学オリンピックの支援などの活動を行ってきました。
「脳の世紀推進会議」への参加を
この度、脳の世紀推進会議は事務局を移転するとともに新しい理事会体制を構築し、更なる発展を目指すことに致しました。日本の脳研究の推進のためにぜひこの機会に脳の世紀推進会議にご参加いただきたいと思います。入会の申込フォームは当法人ホームページhttp://www.braincentury.orgにあります。脳研究者の皆様は正会員として入会し、脳の世紀シンポジウムにおける講演者の推薦や総会における助言などで脳の世紀の運動をさらに盛り上げていただきたいと願っています。なお、正会員は脳の世紀シンポジウムへの出席登録やその記録のオンデマンド配信は優先的に受けることができますことを付言致します。
特定非営利活動法人(NPO)「脳の世紀推進会議」理事長
日本神経科学学会名誉会員 津本忠治