第31回 脳を守るバリア:血液脳関門
私たちの脳は、ものを考えるだけでなく、手足を動かしたり、手で触ったものを感じたり、目の前のものを見たりと、様々な場面で必要な大切な器官です。そのため、脳は硬い頭蓋骨に覆われ、外からの力が掛かりにくいよう守られていますが、実際には、脳が安定して働くことができるようにする他の仕組みもあります。
脳には、他の場所から細胞や病原体等が簡単に入らないようにする仕組みがあります。これを、血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)といいます。血液脳関門は、文字通り、血管の中を流れる血液と脳との間にあるバリア機構のことで、血管内皮細胞と、周皮細胞(ペリサイト)、基底膜、アストロサイトから構成されます。血管内皮細胞どうしはタイトジャンクションと呼ばれる細胞間接着装置により、強力にくっついた状態になっていて、脳の中に病原体や有害な物質が侵入することを防いだり、電解質のバランスを安定化させたりしています。そうすることで、脳の中の環境が外部の環境によって容易に変わらないようにし、安定して機能できるようになっていて、いわゆる脳の「恒常性」を守る機構として大きな役割を果たしています。
一方、脳のある特定の部分では、この血液脳関門がありません。例えば、脳幹の延髄にある化学受容器引き金帯(chemoreceptor trigger zone)には血液脳関門がありません。そのため、血液中の何らかの有害物質が延髄の化学受容器引き金帯を刺激すると、嘔吐が引き起こされ、有害物質が体の外に出され、結果的にそれ以上、有害物質に曝露されず有害物質から体を守ることができます。
さらに、血液脳関門は、病原体だけでなく、脳の中に存在する細胞や蛋白質等の成分に反応する免疫細胞(自分自身に対する反応を起こすので「自己反応性」免疫細胞といいます)が、簡単に脳の中に入ってしまうことを防ぐ働きも担っています。何らかの原因で血液脳関門の働きが落ちてしまうと、自己反応性の免疫細胞が脳の中に入りやすくなってしまったり、血液脳関門が無い部分から脳を攻撃するような抗体が脳の中に入ってしまうと、脳の中の細胞が壊されてしまったりして、脳の中で炎症が起こることがあります。この血液脳関門がどのようにして強力なバリアとして機能しているのかをより深く知ることによって、脳をターゲットとして免疫が働きすぎてしまう、自己免疫性疾患の仕組みを解明する大きな手掛かりにもなります。
文責: 磯部 紀子
所属学会: 日本神経学会、日本神経免疫学会、日本認知症学会、日本神経化学会
所属機関: 九州大学大学院医学研究院神経内科学